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huzai’s blog

「ぼっちの生存戦略」とか「オタクの深化」とかそういうことについて考えています。

身体は言葉でできている。

文章 コンテンツ 在り方

 

 

 

我々の世界は言葉でできており、そこに属する私もまた言葉でできている。

 

アーチャーのように、起源が"剣"だどうだという話をしたいのではありません。

私たちは生きている限り"言葉"というウイルスから逃げることはできません。

 

目にした言葉、耳にした言葉、貴方の周りにある"言葉"は知らないうちに貴方の中に入り込み、毒のように染み渡り、貴方を改革します。

 

つまり、今回のテーマは"言葉"。

テレビやラジオ、新聞に書籍、音楽もそうです。

私たちは、知らないうちに言葉に毒されている。

 

 

◆言葉に毒されるとは?

大きく2つに分けることができます。

1つ目は、物語が現実を侵食する、というものです。

物語の出来事の筈なのに、それが現実のもののように感じてしまう、あの感覚です。これが1番イメージし易いのではないでしょうか。

ホラー系の物語をみたときにそうした経験をした人は少なくないでしょう。ファンタジーにしても、何処かにあるのだろうと思いをはせる。

言葉をかき集めて、それ以上のものとしたのが物語だから、当然といえば当然です。

この場合は、自分の周りが変化して見えますが、自分そのものが変わることもあります。

例えば、"西尾維新"の作品を読んだ人を見てみると分かり易いと思います。

あの作品の中で繰り広げられる台詞や思考に打たれた人は、事あるごとに"言葉遊び"と称して色んなことをします。十全って言葉を使ってみたり、末尾に「戯れ言だけどな」とか言ってみたり。ソースは私。

 

 

後は、物語・他人の世界に触れて「少し優しくなった」とか、「少し大人になった」とか、明らかに前の自分とは違う感覚もここに含まれる。

 

こんな風に、物語の中の設定や出来事であるのにそれが現実のものとして感じられる。もしくは、自分が変わる・書き換えられる感覚、言葉を集めてそれ以上のモノとして存在している物語は個人を改革し得る。

 

 

2つ目は、見聞きした言葉による個人の侵食、です。

 

物語は比較的に自覚的な変化であるのに対して、言葉は染み渡るように広がるので気がつきにくいものです。

物語のように、言葉の背後に世界が無くても、毒される。

 

友人の言っていた話が印象深く残っています。

彼は、LINEの会話にその人が触れる"言葉"が現れているとのことで、「2chばかりやってるやつはスゲー違う」とか言ってました。

 

つまり、自分が見聞きした言葉でもって、私たちは言葉を発しているということです。

これの難しいところは、自分が意識的に触れる言葉だけではなく、周りから入ってくる言葉も問題だということです。

読書として、意識的に取り入れる言葉だけでなく、周りが使う言葉や、インターネットで目にする言葉が知らず識らずのうちに個人を改革する。偏った言葉ばかりを集めていると、個人はその方向に傾いていく。知らないうちに偏っていて、周りとズレている、なんてこともあります。

 

コミュニケーションの難しさがここにあると思っています。

“言語”自体は共有しているものの、“言葉”を共有できていないから上手く輪に入っていけない。パソコンとの会話は、同時性がなく考える時間もあり、YES、NOをハッキリと伝え合うことができる。雪風(NOTしれぇ)の深井零中尉がそんなことを言っていた。

 

 

 

 

戦闘妖精・雪風(改) (ハヤカワ文庫JA)

戦闘妖精・雪風(改) (ハヤカワ文庫JA)

 

 

現実の会話だと、どうでもいいようなクッションが大切だったりして、うねうねと曲がりくねって答えに到達する。初めての頃は、なんでもっと端的に話さないんだー、とか一人のほうが楽じゃないか―とか考えたりもしていましたが、慣れてくると会話も楽しめるようになります。

 

そういうときに、私は言葉を獲得できたのかな、と思います。

趣味が似た人たちが会話をしやすいのも、バックグラウンドにある言葉がある程度共有されているからなんだと思います。それで、会話の上手い人は言葉を引出してくれる人なんじゃないかと。

 

 

 

 

◆世界は言葉で出来ている

一度だらだらと言葉を書き連ねてみれば、貴方の言葉が見つかります。

それは、ブログでも日記でも、小説でも構わないと思います。私は全部試してみました。

 

結果としては、

<意識的な物>

セリフがカッコいいアニメや漫画(細部省略)などのコンテンツと、神林長平のフムン。デミアン堕落論などの人が堕ちる作品や、世界意志や超越者、ルールに挑む作品。それとちょっとの経営学で構成されています。

<無意識な物>

友人・家族との会話、リーダーにぶち込まれた方々のブログ、2chのいくつかのスレッド、ラジオから入ってくる言葉、電車の中刷り広告、スマホのエロい広告などで構成されています。

 

今の私が認識している言葉はこんな感じになっています。

少々の見栄が盛り込まれていますが、概ねはこのような言葉に取り囲まれて過ごしています。ですから、私はこうした言葉でもって構成されているということです。

 

このように、一度自分を構成している言葉を見つめ直してみると話があう人とそうでない人が見えてきたりするでしょう。相手のことを知るっていうのは、こうしたバックグラウンドの言葉を知る、ということだといえる。

これからの生活で私の言葉はどのように変わっていくのか、そして何が変わらないのだろうか、楽しみにしています。

 

身体は言葉で出来ている

ならあなたを構成する言葉は何でしょうか。