生きた証を残しますか?―終わる世界のアルバム
線路は続くよ、どこまでも
◆傷が生まれない距離感
傷つかない距離感っていうのは結構難しい。
つまり、ぼっちとして活動できる距離感は難しいわけだ。
人は独りでは生きていけない。
これは多分、ぼっちでも共有しているルールみたいなものだと思う。
精神的にもそうであるし、社会の要請的にもぼっちという存在は在り難い。
大事なのは近すぎず、遠すぎないこと。
寂しさを感じないくらいには近くで、それでいて遠くにいなくてはならない。
一人で生きられるほど強くはないから誰かと一緒に居る。
深く関わり過ぎてしまえば自分が傷つく可能性もある。傷つける可能性もある。
だから、自分のエゴに巻き込まない距離を保ち続ける。
そういう感じだったのかな、と思います。
ファインダー越しにセカイを観るのはそういうわけだったのだと。
主人公は誰よりも「喪失すること」「傷つくこと」を気にしていた。
……船が港に着いて錨をおろしたら、水底に刺さりますよね。船がいなくなった後でも、錨の痕は残りますよね。それがいやなんですよ、ぼくは
――終わる世界のアルバム マコ
いつ終わってしまってもおかしくない世界だから
そのことを知っているマコだからこそ、距離を取ろうとした。
しかし、上手くはいかなかった。
おじいさんの時は大丈夫だった、団子頭の彼女の時は大丈夫だった、けれど彼女の時はダメだった。
自分がどれだけ距離を保っていたとしても、ふとした拍子に近づいてしまうものである。
それは自分の内面が問題であることもあるだろうし、相手側から近づいてくることもあるだろう。
しかし、共通しているのは【傷つかない距離では居続けられない】ということだ。
最初の内は大丈夫だっただろう。
そういう関係だった、自分とは関係の無い人間であった。大丈夫大丈夫。
そんな風に思い込んでしまうことができる。
けれど、長い間一緒に居るといつの間にか自分の中に【彼女の場所】ができてしまう。
この感覚に関しては比企谷も感じたことと思う。
また、別の表現をするならば、有馬公正が目にした風景だろうか。
君は忘れられるの?
―宮園かおり
ううん、絶対無理。
忘れることなど絶対にできない。
だからこそ、これほどまでに苦しいのだろうな。
でも、もし忘れる事ができたとしたら、どうするだろうか。
あの坂の下で声をかけてしまったことを忘れることができたら
逃げる事の出来ない音楽を忘れてしまうことができたら
出会ってしまったことを忘れてしまうことができたら
私は、どうしただろうか。
◆精神的な死と肉体的な死
この世界では、肉体的な死と精神的な死が同義となっている。
だから、誰かが死んだことを悲しむ人はいない。誰かが死んだことに気が付かない。
そのことを彼女はこう言っている。
「神様からのプレゼントかもしれないよね」
「なにが。この病気だかなんだかわかんないのが?」
「そう。だって、だれかが死んだら哀しいでしょ。神さまが、人間をもう哀しませたくないって思って、忘れるようにしちゃったのかも」
―終わる世界のアルバム 莉子
以前、私も同じことを考えたことがある。
記憶が、思い出が、あるから人は哀しみ傷つくのだと。なら、それを無かったことにしてしまえばユートピアが完成するのではないか。そう思った。
【嫌な記憶は無かったことに、悲しい出来事は無かったことにしてしまえばいい】
楽しい記憶だけを、嬉しかったことだけを積み重ねていけたらどれだけ幸福な事か。
傷を、傷ついたことに気が付かずにいられる社会があるのなら、それはとても幸せな事だろう。
そうなれば、誰も傷つかない社会が出来上がる。
果たしてこれは幸福だろうか。
【この世から喪失感が消える】
失ったものが物理的にも精神的にも消えてしまうならば、【喪失感】は必要ない。
この物語上ではあの二人だけが【喪失感】を持ち得ていた。
【大切な人を失う辛さを知っていた】
大切な人が居なくなったことを受け入れるのか、無かったことにするのか。
マコは一度忘れてしまおうとした。
二枚になったものを重ねて、横に。四枚をまた縦に。手は止まらなくなった。次の一枚を引っぱり出し、爪をたてる。恭子さんの穏やかな微笑みは、満面の笑みは、照れくさそうなはにかみは、みんな紙くずとなって散っていく。そうだ。残したらだめだ。つらいだけだ。忘れなきゃ。
――終わる世界のアルバム マコ
対して黒瀬は忘れることを恐れた。
僕はまた 何もできなかった
何もできないまま いつかこの怒りと衝動を忘れていく
何もしない自分を受け入れていく
――インスタントバレット 黒瀬
彼女が居なくなって出来た「穴」、は時間が埋めてしまう。
そうしてくれることを願うのか、そうなってしまうことを嘆くのか。
【『忘れてしまいたい』も、『忘れたくない』も同じ感情からきている】
彼女が大切だったからこそ忘れたくないし、彼女の居場所が大きかったからこそ忘れてしまいたいのだろう。
だから、どっちが正しいとかそういう問題じゃない。
けれど、もしそれが選択できる世の中がきたらどうするだろうか。
【彼女の事を忘れる】【彼女の事を忘れない】
……それでも私は忘れてしまいたくない、と思っている。
ただ、そう思えるのも深い悲しみに暮れることがなかったからではないか、とも思う。
本当に辛い時はすべてをなかったことにしてしまうかもしれない。
これまでの、すべての、思い出を投げ捨てても忘れてしまいたいことなど無かったから
こうして無責任なことが言えるのかもしれない。
多分、不器用な人間は忘れてしまう自分が許せないと思う。
クロがそうだったように。
後考えるとしたら逆か。
【自分が死ぬときに、痕跡を全て消すかどうか】
自分勝手な優しさを持っている人間は消すだろうな。
私は消すだろう。
◆海辺
陽が燃え尽き、夜があたりを覆い尽くしてしまった後も、ぼくは世界の終わりの海辺にしゃがみ込んで、遠い空から届く歌にじっと耳を澄ませていた。
―終わる世界のアルバム
◆物足りない人へ
この作品、主人公の立場で読み進めると物足りなさを感じる人もいるだろうな。
そういう人は、彼女の立場で読み直してみるといい。
彼女がとった行動を、彼女の選択を今一度読み直すといい。
【生きた痕跡を残さない】選択をした彼女を思い出せ。
そうでありながらも彼の近くに居続けた彼女の姿を思い出せ。
彼女の事を思い出しさえすれば、少しはわかるだろうさ。
あんまりおもしろくないってことが。
◆感想
設定に惹かれて買ったが、その設定がそれほど掘り下げられていない。
SF的に【死】を管理する小説を期待していた分、落差があった。
それだから、男子と女子の別れをファンタジーで描いているだけのように見えてしまった。
一言で言ってしまえば「もったいない」だ。
それは多分、この世界が一意でしかないから、じゃないだろうか。
綺麗なセカイなんだけれど、これ以上広げようとは思わない。思えない。
拡げられるほど対象は覚えていないし、深めるほどのことでもない。
良い作品なんだけど、【別にこれじゃなくていい】って感じ。
それでは、また。