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huzai’s blog

「ぼっちの生存戦略」とか「オタクの深化」とかそういうことについて考えています。

シンデレラガールズ―神崎蘭子の優しさと可愛さとプロデューサー

やみのま!

◆逃避先の厨二病と憧れ


中二病という事でまっさきに思い浮かぶのが「AURA」である。
出来る事なら小説を手に取って欲しいが、ここでは置いておくとしよう。

あの作品で描かれる厨二病は「逃避先としての厨二病」であった。

自分を認めさせる手段を持たない凡人が、
過去や過程をなおざりにしてその先にある場所に到達するために用いる方法。
自身を超外的な存在に押し上げることによって、自意識の充足を図ろうとする行為。
それが厨二病であった。

自分が超外的な存在であるという認識によって、現実を「仕方がないもの」に貶める。
超越しているから理解されない、超越しているから理解する必要が無い。
そう思い込むことによって自分を保とうとする。
現在の場所は間違っていることにできた。

【自身が超外的な存在であることが救いであった】
【己は超外的な存在でなくてはならなかった】

要するに、本来の自分という理想を実現するにはそうするしかなかったわけ。

蘭子ちゃんの場合は、これとは異なってくる。

【そういった存在になりたい】

そんな感じがしている。
【憧れ】に近い感覚だろうか。

学生が芸能人に憧れるように、そういったものに魅せられた。
病気というほど現実から乖離しておらず、どちらかというと自分と繋がるものを感じられる。

だからこう痛々しさとか、古傷を抉る感じではなく可愛いのではないだろうか。
まぁ、蘭子ちゃんの可愛さはそれだけじゃないんですけどね!


厨二病は他人を認識できない


厨二病関連でもう少し書かせてもらいます。

【理想と現実のギャップを埋める手段としての厨二病
は往々にして、【他者を認識できない】と思っています。

理由としては自分が好き過ぎて、他人のことを考える余裕がないからです。
他人を考えられないくらいには自分のことを考えている。

また、
【超外的な存在としての厨二病も同じである。
簡単に理解されるようなものであってはならないし、理解してもらう必要が無い。
現実から乖離した存在であるモノは現実のモノにやすやすと理解されてしまってはならない。
おぼろげな認識と、現実から遠いという感覚だけが必要なのである。


そういうわけで、厨二病とは必然的に他人から遠くなります。

もし、蘭子ちゃんがこういったタイプの人間だったら、プロデューサーが鳩子になっていたかもしれない。

プロヴァンスの風も、プロレタリア文学も、プロローグも、プロポーズもプロフェッショナルもプリンも、全然分かんないんだよぉ!太陽が煩わしいってなに?眩しいだけじゃん!どうして闇に飲まれるの?瞳を持つものってなんなの?わっかんないわっかんない、わっかんないんだよぉ……(事務所を飛び出す)

元ネタの主人公は他人を認識していなかった、と思う。
自身を遠い存在としてくれるならば誰でも良かったのではないだろうか。
だから、遠くにある自身を共有してくれる存在が見つかった時に蔑ろにしてしまえた。

対して、蘭子ちゃんは他人を認識していた。

「言の葉は増えて、秘めたる真意を伝える秘術はないものか」
「…ごめんなさい、難しい言葉ですね。蘭子、何か、力になれることありますか。」
「ふっふ。優しき同胞よ。感謝する。だが心配無用。私はいかなる困難をも超えてみせる」
―アーニャ 蘭子

理解されないところに意味を見出していたら、こういうことはできない。
言の葉では理解できぬ秘めたる真意をグリモワールに記載することで補完する。

厨二病には多分に「考えるな、感じろ」の要素があると思うが、それだけでは何も伝えられない。
感じてもらうためにもこちら側から何かをする必要がある。
自分の言葉で語る必要がある。

プロデューサーは言葉を理解しようとした。
が、言葉はすべてに通じるが、言葉が全てではない。
言葉が分かるからといって、伝えたいことがわかるわけではない。
そのためには「知る」必要がある。彼女の事を。

 

……今回の話はかなり好きだ。
同じ場所にいる人間ではなく、違う場所に居ながらもお互いが理解しようと理解されようとしていた。
そうして出来上がったのがあのPVだ。

我が友、いえ、プロデューサー、そしてみなさん。ありがとう、私の声を聴きとってくれて。
――神崎蘭子

 

 

◆感想


蘭子ちゃんの可愛さがふんだんに盛り込まれた素敵な話でした。
そして、変化したプロデューサーの在り方も印象的。
千川さんの出番が少なかった。しぶりんに持っていかれたのだろうか。
以下、感想。
●唯一プロ意識を垣間見せる前川みく
やっぱりみくが一番にゃ!

しぶりんがアイドルと向き合ったときにどうなるか、
というの以上に、みくにゃんがどうにかなってしまったら、と考えてしまう。

アイドルとしてこういうことがやりたい、っていう娘はあのプロジェクトにもいる。
アイドルを通じたロックだったり、アイドルによる印税生活とか。

そうした中でただ一人、プロとしてのアイドルを意識しているのが前川みくである。

伊織、とはまた違うのだろうけど、少し似たものを感じてしまう。

【アイドルとして】

これが何かの問題に繋がってしまうのではないかと思う。
アイドルデビューをするとき、もしくはアイドルになってから問題になるのだろうか。


●プロデューサーがプロデューサーだった
ぎこちない話し方をみていると「律子……さん」を思い出す。
未央ちゃんも言っていたが、「丁寧口調」でなくてももういいのかもしれない。

プロデューサーの口調が丁寧であっても以前のような遠さはもう感じない、と思う。

【私達と一緒に居てくれるプロデューサー】

蘭子とプロデューサーをみていれば、理解をしてくれる、ということは伝わっただろう。
丁寧口調はもう距離を感じさせない。

高垣楓
最近はなりを潜めているが、どうなのだろうな。
シンデレラプロジェクト以前のアイドル、というのも今後のキーになるのだろうか。


それでは、また。