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huzai’s blog

「ぼっちの生存戦略」とか「オタクの深化」とかそういうことについて考えています。

(都合)の良い友人

在り方

 

理想の友人を求めるのはやめた

 

◆(都合の)良い友人


長い事ぼっち生活を続けていて気が付いたことがある。

 

【理想の友人とは、都合の良い友人である】

 

童貞が現実よりではなく虚構寄りに女性を捉えてしまうように、
ぼっちは友人を過大評価しすぎてしまう。
持っていないからこそ、現実を見ることができないでいる。

友人というものは往々にして面倒くさいものである。
もし、そういうことを感じない相手を友人としているならば
それは相手が合わせてくれているだけの事だ。

 

少しくらい違和感があってもこの人はいい人で、私の憧れの人であることは変わらない。
全く違和感を感じない他人などこの世に存在するわけがないのだから。
――プラナリア

 

プラナリア (文春文庫)

プラナリア (文春文庫)

 

 

【相手が自分のために違和感を感じさせないようにしてくれている】

 

違和感を感じさせない他人は頭の中にしかいない。
十人十色とか多様性とかダイバーシティとか言うわりに、他者の不都合を認めないなんておかしい。

童貞がよく「理想が高い」なんてことを言われるのはこの辺りに原因があるのかもしれない。

 

【違和感を感じる他人を許容する】

 

この世を虚構にしてしまわない限り、違和感を感じさせない他人は存在しない。
現実で生きているかぎり、全ての人間は私にとって都合の良くない一面を持っている。

雪ノ下雪乃でも嘘をつく
そんな当たり前のことを許容できない自分が
俺は嫌いだ
――やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。―妄言録―

 

 

 

【理想の押し付けは他人を虚構化する】

 

比企谷は、雪ノ下雪乃に感じた違和感を認められなかった。
それは、頭の中の雪ノ下雪乃を現実の雪ノ下雪乃にみていたからだ。

僕らは同じように他人に理想や虚構を押し付ける。
そして、他人がソレと反したときに勝手に裏切られたと感じ、
ホンモノではなかったのだと絶望する。

学生の頃、私はそうしたホンモノの友人を求めていたのだろう。
今にして思えば、ただ都合の良い友人を求めていただけだったのだと思う。
『本当の自分』とかと同じくらいに現実から目を背けた生き方だった。

違和感を感じさせた他人を恨むのではなく、
違和感を感じてしまった自分を恨むべきだったのだ。

本当に必要なのはこの先の感覚だ。
理想(≒虚構)の関係性ではなく、現実の関係性を選択する理由。


他人に対して妥協をする、というわけではない。
理想を諦めて、現実に甘んじるという選択ではない。
そういうマイナスではなくもっと別な……

 


……それでもいいのだと、そう思えた時のあの感覚を確かなものにしたい。
そうすれば、私もようやく他人を認められるだろうから。