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huzai’s blog

「ぼっちの生存戦略」とか「オタクの深化」とかそういうことについて考えています。

アイラの物語 プラスティックメモリーズ

 

プラスティックメモリーズは面白くなりませんが、
アイラはとっても可愛くなってきましたね。

ディストピア

◆作品の「」がリンクしない
『プラスティックメモリーズ』という作品はどうしようもないくらいにつまらない。
作品に流れる「」が我々とリンクしないために、薄っぺらく感じられてしまう。

空所に入るのは「時間」であり「感情」であり、「世界」である。

 ●世界がリンクしない
まずは、「世界」について考えていく。
この作品は「世界の幅」を大きく揺らし過ぎている。

作品を見る限り、「アイラ」と「主人公」の二人の物語、として収束する。
にもかかわらず、中盤では彼らを取り囲む世界を描く為に「闇回収屋」を登場させた。
もちろん、世界という大きな枠組みを考えるならば、そういう存在はあっても不思議ではない。

以前も書いたが、
「不思議ではない」からといって「描く必要」はない。

「ターミナルサービス」という仕事自体が自分と向き合う「場」として機能しているにもかかわらず、
「闇回収屋」という悪役を用意してまで対峙させる「事実」はなかったはずだ。

不必要な存在が、我々と「世界」がリンクするのを阻害する。


また逆に、「在るべきもの」がそのように描かれないことも問題だ。

「闇回収屋」に頼ってしまったことからもわかるように、「ターミナルサービス」という「仕事」が活かされていない。
もう少し正確に言うと、「都合の良い場」としてしか利用されていない。

外側の事象(魂、記憶、ロボット、……)を自分達の出来事に投影する「場」としてすら使われない。
アイラと主人公が進むための「場」でしかなく、回収対象も所有者もそのための道具にすぎない。
彼らの「別れ」は描かれることなく、アイラと主人公の為の風景だけがただ広がる。

中盤以降はそれが特に顕著だ。
彼らの内側に影響する範囲でしか、外側が描かれない。
つまり、内側のあるべき姿のために外側が使われている。
もっと砕けて言うのならば、外側は生きてはいない。

それでは、どうあったって彼らの世界と繋がることは不可能だろう。

●時間がリンクしない
今作の鍵になる「時間」が私の内部とリンクしない。
「別れ」を取り扱う作品にしては致命的な問題である。

「別れる瞬間」というものが現れるまでに随分と時間があった。
彼らの外側では「別れ」を頻繁に描いているにもかかわらず、当人は「別れ」を考えていない。
「別れまでの時間」が描かれない。
「気づくまでの時間」が描かれない。

加えて、闇回収屋等の外側を雑に彼らとリンクさせるせいで、時間が断絶させられる。
ゆっくりと描けばいいものを、外側から強制的にリンクさせ、変えられる。

だから、「ようやく」とか「もう」とか「まだ」といった感情が沸き起こらない。
時間が繋がっていかない。

●感情がリンクしない
時間も世界もリンクしなければ、感情がリンクするはずもない。


◆主人公はアイラ
以上のもろもろの原因は主人公をあの男だと捉えていたからである。
精緻に感情を描いているは「アイラ」だけだ。
主人公とは「アイラ」だ。

だから、その、まぁ、なんだ
「アイラ」以外のすべてを無かったことにすれば、素敵な作品だと思います。