huzai’s blog

「ぼっちの生存戦略」とか「オタクの深化」とかそういうことについて考えています。

特筆すべきこともなき夜に

 

今日は本当に書くことがない。

なんて書き出しをしてしまうと、文章が書けなくなるものであるが、頑張って書いていきたい。

 


昨日買った澁澤先生の作品、「快楽主義の哲学」なる本を読んでいるが、これがまた面白い作品。

 


「幸福とは苦痛の欠如だ」

「幸福とは、静かな、あいまいな、薄ぼんやりした状態であって、波風のたたない、よどんだ沼のようなものです」

「「できそうもないことには最初から手を出さない。実現可能な範囲だけを、是が非でも守ってゆく」というけちくさい現実主義が、現代青年のあいだに、幅をきかせているような気がします。」

 


<カット>

規範に従うことは苦痛の欠如に繋がるかもしれないが、そこに快楽は存在せず、私が存在している意味も無くなってしまう。

自分の欲するところに快楽が存在しており、それをコントロールしなくてはならないのである。

<カット>

 


幸福でいたいと願うばかりに、自分の快楽を求めることができなくなっていたなあ、と思い返す。代償行為的な幸福ではなくて、ただただ気持ちが良いと思えるような行為が自分の内側から消えつつあるのではないか。パチンコなどがまさにその極みで寂しさを上書きするためだけに続けているようなものなので、多分、本当は、必要ないことなのだ。

 


意志の力、という言葉があるが、

多分それはこれにも近いことで、

快楽を解放させることができれば、それがあなたの意志になる。大事なのは欲すること。

 


それができれば自分が気持ちよくなるために意志の力は増大していくのだから。

 

オナ禁をすると性欲が増し、ナンパの成功率が上がると言うが、多分そういうことだ(どういうことだ)。欲望=快楽を求める力=意志の力=行動という形で結びついて結果に到達する。

 


欲望を自覚し、それを発露することが大切。

そうすることでしか大人になることはできない。

 


欲望をコントロールする力。

 


これが、澁澤先生の仰ることなのかは分からないが、まずはこのように私は解釈した。

残りのページも読み進めながら考えていきたい。

 

 

 

後、最後。

やはり、書いた文章は見返されるべきだが、

読み返すだけの気力が通常時には発生しないと思う。

というよりもソレをしていたら疲れ果ててしまう。

 


ので、やはりまずは一週間で管理をしようと思う。

文章を一週間単位でPCに格納していき、それを加工してブログに載せてみたりする。

そうすることで、発露する場所を作成する上に、自分の感情を再確認することができる。

それを積み重ねていくことで何かが得られるかもしれない。