ぼっちは世界を変えたがる
今日も明日も雑文ばかりを書き散らす。
多分、そうすることでしかこの曖昧な感情を外に出してしまうことはできないから。
"考えていない"なんてことを"考える"。
"人間とは考える葦である"とか、そんな話を聞いたことがある。
それが何を意味しているのかは知らないが、"人間とは考える生き物だ"ということには同意を示したい。
維持は退化だ、退化は死だ。
僕らの時計は止まったままで
過去に支えられて現在があり、現在があるから未来がある。
小学生の私の上に中学生の私があり、その上に高校生、大学生、社会人と続いていく。
そんなふうに、私達の人生を一本の道に例えてしまうと、未来はどんどん先細りしていく。
人生の基礎となる「過去」がダメな人間ほど、そのうえに建てられるものもおのずと決まる。
狂ったように過去の想い出を語るようになってしまったら、
そこが彼の終着点。ここから先は行き止まりです。
終わった人間だけが過去をつらつらと語り続ける。
弱い自分と秘めた想い――マブラヴ
過去と現在が折り重なって
一人の人間ができ上がる。
その過去と現在に優劣はない。
過去があったから現在があることには違いはないが、
過去のために現在があるというわけではない。
その逆もまた然り。
過ぎ去る時間の中で、
彼と彼女のたどり着く場所に僕らはいる。