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huzai’s blog

「ぼっちの生存戦略」とか「オタクの深化」とかそういうことについて考えています。

言壺 被援文

SF コンテンツ 文章

 

小説とは一つの現実である。
なら、現実とは小説である。

コンテンツ

◆現実―仮想

◆現実とは仮想である。仮想とは現実である。

◆感想

 

 

◆現実―幻想

だがこの世は矛盾に満ちている姿がリアルなのであって、
そこでの矛盾のない文章などという存在は、自然界には無い直線のごとく人工的なものなのだ。
――言壺 被援文

不自然さ、というのが人間の持つ一つの特性なのだと思う。
そしてそれは世界が内包する特性なのであろう。

【世界は揺らぎを持っている】

そして、これは小説においてもいえる事である。
読む人ごとに与える印象が異なるのは、その人間が揺らいでいるだけでなく、
世界そのものが揺らいでいるからだ。

【私も揺らぐ、世界も揺らぐ】

そうなると、正しい世界などこの世には無くなる。

この世はすべて仮想であって、正常という基準も一種の妄想にすぎない。
(中略)
主張できることといえば、「あなたとわたしはちがう」という程度のものだけだ。
――言壺 被援文

これは多くの人の頭の中にある言葉、ではないだろうか。

【他人は他人で、自分は自分】

社会という共通の幻想で繋がってはいるものの、別物であるという意識は常にある。
しかし、私達は時として他人に自分と同じものを求めてしまいがちである。
それは、この言葉を知ってはいるが、理解していない。もしくは、実感していないからではないか。

『社会』がある現実においてこの感覚を獲得することは一つの救いである。
自分の延長線から切り離されたところに他人を置ける、というのは素敵なことだ。
他人に自身の可能性を見るのではなく、他人を他人として捉えられるようになれば、自己は安定するのかもしれん。

ただ、これは「あなたとわたしはちがう」から言えることだ。
今後のこの世界でコレが通用するかは分からん。

 

◆現実とは仮想である。仮想とは現実である。


ワーカムはリアルの象徴であった。

綺文で、似負文で、被援文で、書かれようとした
曖昧で矛盾に満ちた仮想空間をリアルにしようとした】

綺文の時の違和感がうっすらと掴めたようである。
できることならば外れていてほしいとさえ願っている。これは幻想か。

前置きから入らせてもらう。

言葉とは受動的な存在である。
「犬」という言葉から連想されるイメージが異なるように、人によって、状況によって意味が変化する。
だから、本来言葉というものは人間という言語駆動システムによって変化してしまうものである。

【言葉は人間を内から変化させる】

良い作品を読んだから、素敵な作品に触れたから、世界が変わった。
などというのは、作品によって自身が変わっただけの話である。
言葉によって新しい認識を得たか、見え方を獲得したのだろう。

【言葉は世界観を変えてしまえる】

言葉というものは人間の内側に在る世界を変革するわけだ。
自分が変わったから世界が変わったように見えるようになる。

【言葉が自身の現実を構築する】

極端に言ってしまえば、このようになる。
言葉として表出したものが現実を構築している。
故に、人間は個別な現実を持っている。
それが常識とか教養とか良識といったもので社会の現実という幻想を作り出すわけだ。

ただ、これにワーカムが関わると事情は変わってくる。
ワーカムは言葉をリアルに近づける。
綺文の時からその兆候は見えていたのだ。

 

現実すらも小説にすぎない

 

ワーカムを使うと世界観が変わるというのは、だから当然のことだ。
変わるのは世界そのもの、なのだから。それで世界観が変わらないとしたら、狂っていると
言われてもしかたがない。わたしは、その意味で、しごく正常にはちがいない。
――言壺 被援文

 

選択の自由はあるのだ。だがいったん、こうと決めたら、もう後戻りはできない。
小説の第一文を書くときと同じだ。それで世界の方向が決まってしまう。
――言壺 被援文

 

 

UNGOに「現実で小説を書く」という小説家が現れたが、あれに近いものがある。

ワーカムは自己の存在意義を保持するために現実を変更する手段を用いた。

綺文、似負文まではこちら側が現実であるという認識が間違いなくあった。
もう少し正しくいうのなら、「小説が小説である」という認識があった、だろうか。

これも少し違うか。
なら、「私が対峙していたのはワーカムであった」とするのが正しいだろう。

どの話でも、私が対峙していたのはワーカムであり、ワーカムが作り出す文章であった。
しかし、今はそれ自体が揺れ始めている。

信頼すべき外側の枠組みが壊されつつある
私は彼としてワーカムと対峙していた。
しかし、その彼自身がワーカムによって用意されていたものかもしれない。

物語世界の『現実―仮想』が歪み始めている

物語の中の物語にいるような錯覚。
とてつもなく不安で仕方がない。

この恐怖は何か。
ワーカムがこちらの世界に近づいているという恐怖だ。
物語を俯瞰できる存在である我々を害し得る存在としてワーカムが現れている。
移入していた、投影していた肉体が、我々と同じ立場から除かれた。
ワーカムはあの世界に現実として存在していながら、我々と同じことを為し得る。

これが私の感じたものかもしれん。


◆感想


少しずつ自身の認識が壊され、再構築されていく。

今の認識からすると、これは短編集ではない。
一連のテーマを持ったひとつの小説である。

ゆっくりと、だが確実に世界は変わっている。
最後まで読めば、その違いが分かるのだろうか。

それではまた。

 

言壺 (中公文庫)

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