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huzai’s blog

「ぼっちの生存戦略」とか「オタクの深化」とかそういうことについて考えています。

「問題ない」のその先へ

在り方 ブログ

 

 

いつまで「問題ない」のだろうか

 

 

■問題ない

人によって「問題ない」とするレベルは異なってきます。

彼にとっては問題ないことが、彼女には大問題な事もある。

逆に、彼女にとって些細なことが、彼に取ってはどうしようもないことだったり。

 

別の見方で「問題ない」を捉える事もできる。

世間一般が「問題ある」とするライン―「赤点」「〆切」とか―を超えなければ「問題ない」とすることも可能である。

 

また別の見方をすれば、誰にも問題にならないから「問題ない」とか。

 

 

 

でも、今回取り上げたいのは、一番初めに挙げたようなタイプ。

個人が「問題ない」と判断するレベル。

自分が自分に課す制限。

 

■問題ないというブレーキ

「制限」というやつは、自分が制御できる範囲になくてはならない。

つまり、往々にして自分が自分に課す制限というのは自分でどうにかできるレベルの話になる。

そして、時に人間は「問題ない」というレベルで足を止めてしまう。

自分では「それくらいで充分だ」って思えるところまできたら、わざわざ先まで進めない。

 

それもそのはずなんだよな。

自分の評価に対して見合ったレベルまで達成しているのなら、それ以上は「必要ない」。

 

わかりやすい言葉に置き換えるなら「ノルマ」だろうか。

ノルマを超えて努力したとしてもそれが評価されるかどうかはわからない。

仕事の場合は、課される「ノルマだけ」が増やされる結果になるかもしれない。

自分の成果物を「ノルマ」の範疇に納めておけば、何の問題もおきやしない。

 

 

「問題ない」の先は評価されるかもわからない。

「問題ない」の先は「問題がある」状態にしてしまうかもしれない。

 

「問題ない」の先に行くのは馬鹿なやつがすることさ。

 

■「問題ない」のその先へ

つまるところ、

「問題ない」という状態はその瞬間において「安全」である。

「問題ない」という状態はその瞬間において最もバランスが取れている。

 

「問題ない」とはバランスが取れた状態なんだ。

高く評価されることは無いし、低く評価されることもない。

あるのはただ、モノだけで、そこに個人は介在しない。

 

「問題ない」で喜ばれるのは「機械」だけ。

バランスが取れているのが好まれるのは「機械」だけ。

 

つまり、「問題ない」という領域に留まれば「機械」になれる。

それを望むのはいつだって使う側の人間だった。

 

 

「問題ない」の向こう側はバランスが傾いた世界だ。

それは良い方向かもしれないし、悪い方向かもしれない。

けれど、「機械」よりはマシな風景がそこにはある。

 

余裕がある時は、「問題ない」の向こう側に足を踏み入れよう。

バランスを崩すことでしか、手に入れられないものがそこにあるから。

 

◆現状維持という崩壊

何も考えていない人間が口にする「現状維持」は、

いつだって「

 

現状維持っていうのは、現状を守るために戦うことだと、私は認識している。

変わっていく世界の中で、維持すべきものを守るために戦う。

それが現状維持だ。

 

それは決して、現在の状況で済ませられる場所に行くことではない。

 

 

それってすごい自分中心の考え方なんだよな。

自分が変わらなければ世界は変わらない、みたいなそんな素敵な発想。

実際は、何もしなくても世界は変わっていくし、変わらない自分は周囲においていかれる。

 

彼らが求めるのは「現状維持」ではなく、「バランスがとれた場所」だ。

彼らは、自分のバランスを崩さずにいられる場所を望むんだよ。

 

変わらない人間はバランスを取るために、少しずつ現状を落としていく。

彼らが口にする「現状維持」という理想の末路はどんなものだろうか。

 

 

◆終わりに

今回の話は「ブログ」にも言えることだと、思っています。

 

「問題ない」文章を書くのはさほど難しくはない。

「こんなものか」と思えるような文章を書くのはさほど難しくはない。

 

逆に言うと、バランスを崩して文章を書くのは難しい。とゆーか、大変。

過剰なナニカを投入してみたり、事実の中に自分を投げ入れてみたり。

あるいはいつものナニカを喪失したり、自分を喪失させてみたり。

 

そんな風にバランスを崩して文章を書くと、違ったものが見えてくる。

崩れた分だけ見えてくる風景がある。

 

ただ、前回の「消費」のように、自分は動かさないままだと、得られるものは少ない。

自分ごと動かせるようになれば、望む場所に到達できるのだろうか。

 

 

綺麗な言葉で飾っていないで

その先に踏み込もうよ、ってお話でした。