huzai’s blog

「ぼっちの生存戦略」とか「オタクの深化」とかそういうことについて考えています。

NTRとは言わないで―ネトラレミノル 感想

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そんな名前だから叩かれるんだ。
広告の被害者か、あるいは・・・・・・
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ネトラレミノル


概要

学校カースト最底辺で
チョウバエ的存在の高校生・千林ミノル。
彼は学校カースト頂点の学内の
アイドル・二ツ山めぐみと付き合っている。
もちろんふたりの関係は秘密。
恋愛の禁止の校則があるが、
すべての男子生徒はめぐみを狙っている!
一方、ミノルは弱くて、
さらに寝取られフェチに目覚めてしまう。
そんな彼が巻き起こす、寝取られ純愛コメディ
―表紙裏

タイトルだけで買ってしまったことを後悔してならない。
表紙裏の文章を読むだけでわかる地雷臭。
何故この文章で進行してしまったのだろうか。

・・・・・・それはさておき、
端的にコレを説明すると"寝取られ純愛コメディ"らしい。

もし、本当にそうであったのならネトラレスキーにはたまらない書籍になるはずであった。
だがコレはそうはならなかった。


コレは寝取られではない。

NTRを語る際の大前提

NTRを語る際に気を付けなければならない大前提がある。

それは『"寝取られ"なのか"寝取らせ"なのか』である。
前者の場合は、自虐的/自傷的な行為に興奮を覚えていることになる。
後者の場合は、加虐的な行為に興奮を覚えていることになる。(あるいは虚栄心を満たす行為)

このどちらに当てはまるのか、だけは大前提として考えなければならない。
・・・・・・ただ、コレは"ネトラレ"と自称しているにも関わらず、その在り様は後者に近い。

まぁ、"ネトラセ"よりも"ネトラレ"の方が認知度が高く伝達力が高く、
"ネトラセ"の持っているその残酷性を回避できるため、そちらが選ばれたのかもしれないが、
作品の表す言葉としてはかなり遠いタイトルとなっている。

NTRという性癖については過去記事が参考になるかと。
huzai.hatenablog.com

NTRとは純愛なるや?

NTR(寝取られ)とは純愛か
歪んだ性欲か?
その深みが見たい!
――帯 松尾スズキ

私自身は"寝取られ"を愛だと思ったことはない。
なぜなら、あくまで寝取られという行為は自分のためにあるからだ。
相手を想って行動することが愛だというのなら、寝取られは愛ではない。

もし寝取られと愛を結び付けようとすると、
愛するために必要な"儀式"というものだろう。

コレの主人公になぞらえて書くとすれば
セックスをするために寝取らせという工程が必要であるというだけだ。
あくまでも興奮するための工程として必要だというだけで、愛ではない。


・・・・・・もし、寝取られている彼女しか愛おしいと思わない、とするならば、
寝取られが純愛であるのか性欲であるのか、という問いが成り立った、と思う。
だが、コレはそういうものではなさそうなので、なんともいえない。

いや、もしも性的興奮=愛だとするならば、間違っているのは私の方か。

その他

いくつか思ったことを少しだけ。

①表紙と作中の描画レベルに差が大きい。
 表紙のクオリティが担保されているわけではない。

②主体はすべて自分。
 相手のことを想っている風でもない。
 
 描かれ方すると、彼女はトロフィー的な存在でしかない。
 虚栄心を満たしたいという欲求が見え隠れしており、私は悲しい。

③カバー裏から漂う感覚。
 寝取られ事態にはそれほど作者が興味ないのかもしれない。

ネトラレミノル 1<ネトラレミノル> (コミックフラッパー)