huzai’s blog

「ぼっちの生存戦略」とか「オタクの深化」とかそういうことについて考えています。

ミサイルとプランクトン 2巻 せめて「普通」であれたなら

 

 「普通」である権利を剥奪された

少年少女の物語。

 

ミサイルとプランクトン (2) (電撃コミックスNEXT)

◆それでも私は知っている

「知っている」というのは随分と不自由だ。

社会で生きていくうえでも、人間関係のうえでも、「知っている」ことが足枷になる。

「知っている」ということを「足枷」にしてしまう。

 

女性が「××君のこと好きかも」と周りに言うのは牽制だと聞いたことがある。

「私が狙っているから、お前は狙うな」という周りの人間に枷をかける行為である。

もしも、そのことを知らなかったなら「何も気にせず」アプローチができるが、

知っているならばその事実を抱えながら進まなくてはならない。

 

それと同じように、「知っている」ことで「行動が制限される」というのは良くあることだ。

 

「知っているから」そういう風に行動してしまう。

「見えているから」そういう風に捉えてしまう。

「他の人と違うから」それがすべてだと考えてしまう。

 

せめて「普通」で在れたなら、

彼も彼女も、少し臆病で不器用な人間として生きていけただろうに。

 

「知っている」ことは必ずしも幸福ではないよ。

「持っている」ことは必ずしも幸福ではないよ。

 

 

◆少傷論の到達点

もし、この世全ての傷を避ける事ができたならば

私は幸福に到達することができたのだろうか。

 

 

もし、目の前に「傷物」が置かれていたとしたら

私は多分、それを手に取ることは無いだろう。

 

何故なら、「傷」というものは許されるものだからだ。

初めから「傷」があるものに手を伸ばすよりは、「傷」が見えないものに手を伸ばす。

 

「欠けていても君は君だよ」

 

なんて言葉は、「傷」を後から承認する行為に過ぎない。

彼女を知ったから、泥棒であってもよいと、傷物であってもよいと思える。

最初から泥棒である人間に触れようとは思わない。

 

 

だから、私はこの人を否定することはできない。

むしろ、世界が、人が抱える「傷」を最初から目にしてしまったなら、

私もそうなっていたはずだからだ。

 

彼女と同じようにあらゆるリスクを避け。

あらゆる「痛み」から逃れようとしていただろう……

 

誰よりも恵まれていたはずだ

あらゆる「痛み」と無縁の

素晴らしい人生が約束されていたはずだ

――ミサイルとプランクトン 2巻

 

普通の人には「傷」も「痛み」も「リスク」さえも見えない。

明確ではないからこそ、期待を胸に足を進める事も可能である。

 

しかし、彼女だけはその全てを観ていながらその道に進まなくてはならない。

他の人が希望を抱きながら進む中、現実だけを抱えて進み続けなければならない。

他の人が「恐怖」というリスクと闘う中、彼女は「リスク」そのものと闘うことを強要される。

そんなの誰だって耐えられるわけがない。

 

だが、傷を避けるということは「変われない」ということでもある。

大人になるにつれて「変わっていない」という事実は負債として積み重なる。

 

抱え込んだ負債から逃れる術は一つしかなかったのだろうな。

 

 

◆ただ幸福であってほしいと願った

「構造の理解」

不器用な彼はその能力でもって、彼女の幸福を願った。

ただ、穏やかに過ごせるように願った。

幸福の意義など考えず。

 

“わからない”

――ミサイルとプランクトン 2巻

 

 

だから、そんな結果になってしまった。

 

 

多分、彼は向きあえていなかったのだと思う。

人の醜い部分に触れ過ぎたせいで、彼は向き合えなくなった。

もし向きあわなかったとしても、能力を使えば円滑に物事を進める事はできるから。

 

だからこそ、失うときになって初めてそのことに気付いた。

その瞬間にしか気づくことができなかった。

 

 

 

 

……彼は信じていなかったが、それで残るモノがあった。

彼の行いで救われていた人が居たということを、彼女自身が伝えてくれた。

 

そこから先のことは文章にしたくない。

その時の気持ちは彼にしか理解できないものだから。

 

◆自分以外の事ならば

 

自分に向けられる「好意」を信用できない。

 

「愛」を理解していなかった月の御姫様とは少しばかり異なる。

彼女は自分に向けられる「好意」を理解できなかった。

 

互いを想いあうという状況がどんなものなのか想像できない。

それはほんとうに気持ちの良いコトなのだろうか。

きっと不具合しか生じない。

――月の珊瑚

 

月の珊瑚(星海社朗読館) (星海社FICTIONS)

 

対して、彼は「愛」を望んでいながら「愛」を否定する。

自分に対して向けられた「好意」をホンモノとして捉えられないから。

 

経験上

自分に対する好意は

どうにも信用できない

――ミサイルとプランクトン 2巻

 

 

感覚的には「恋に恋する」なんて感じなのだろうか。

女性とそういう関係になることを想像はしても現実にはできない。

そうなった未来を想像しても、そうなってしまわないことを願い続ける。

もし、そうなってしまったら彼女を疑ってしまうだろうから。

そして何より自分がソレをゆるせないだろうから。

 

ホンモノではなかった、そういって割り切れたなら。

「愛」とはそういうものだ、そう思えたなら。

どれほど楽に生きられたのだろうか。

 

◆終わりに

傷を避ける能力を持ち、それを正当化し続けた彼女。

見えるものしか見えなかった、幼い彼。

他人を信用できるほど純粋では居られなかった青年。

 

 

彼や彼女は特異点として描かれているだけで、我々にもその兆しは存在している。

傷を完全に避けてきた彼女を劣化させれば、私のような人間ができあがるように。

 

私や他の人があやふやに捉えているモノを

彼や彼女は明確なカタチで捉えてしまった

明確なモノにしてしまった。

 

あったかもしれない私の姿

過去の私の到達点

あるいは私が向かってしまう未来。

 

弱い人間なら、弱かった人間ならば、理解してしまう。

彼や彼女の在り方を。

 

だが、彼や彼女は動き始めている。

止まった世界で少しずつ前に進み始めている。

自分自身と向き合い、何かしらの決断をしている。

 

だからこそ、私はこの作品が好きなのだろう。